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JAZZの森 -GHIBLI×JAZZ-

junko with S.B.A.B.「JAZZの森-GHIBLI×JAZZ-」がiTunes Store,Amazon等でついに配信開始!

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leaf ホタルギグがサポートするアーティスト

junko with sbab
junko with sbab

junko with S.B.A.B.

-ジュンコウィズエスビーエービー-

◆Member / junko (Vo),砂掛康浩 (Gt),砂掛裕史朗 (Ds),渡辺ショータ (Pf)宮前博臣 (T.Sx),長瀬良司 (Tp),大村守弘 (Ba)

名古屋を中心に活動するジャズボーカリスト“junko”を“S.B.A.B.”がフィーチャーした7人編成のアコースティックジャズバンド。アレンジャーでもあり、バンドリーダー砂掛康浩と兄・裕史朗と共にハリウッドで音楽を学び、現在は東海地区を拠点にジャズをはじめ様々なフィールドで活躍。S.B.Bこと「Sakake Brothers with The Band(S.B.B)」ではBMG JAPANからのコンピレーションアルバムや、3枚のオリジナルアルバムをリリースし、2009年より新たなるプロジェクト「Sakake Brothers with the Acoustic Band(S.B.A.B)」を始動。また、メンバーもそれぞれ名古屋を中心に各地のジャズライブハウス、ホール等で活動。
2011年10月愛知芸文大リハーサル室での「JAZZの森」では350名(完売)、2012年3月武豊町民会館ゆめたろうプラザでの「JAZZの森&ゆめホタル」では512名を動員。JAZZの入り口をコンセプトとした「JAZZの森」を各地で成功させている。

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原 智彦 -hara tomohiko-

1946年、長野県に生まれる。20代より美術活動、1970年県美術館にて「ゴミ」を出品。大問題となる。
その時応援にかけつけた岩田信市氏と以後、原告として「ゴミ裁判」、「頭脳戦線」、「ロックオペラ」、「名古屋市長選」等、行動を共にする。
1976年、大須に移り住む。1978年、寺山修司氏も参加した「大須大道町人祭」を実行委員長として立ち上げる。
1979年、岩田氏と共にロック歌舞伎「スーパー一座」結成。座長をつとめ、一座の全作品に役者の中心として出演する。一座はヨーロッパにて230回もの公演を行い、国内では夏「大須オペラ」冬「大須師走歌舞伎」(それぞれ1ヶ月公演)を中心に歌舞伎とオペラをこなし、名古屋で最も親しまれ、その夏・冬の公演は風物詩とさえなった。
そして2008年、十六夜・清心「月現薊双葉」「御贔屓勧進帳」を最後の公演に30年に渡るのスーパー一座の活動に終止符を打つ。

近年より、歌舞伎役者を通して得た、身体(伝統力)を自在に操るユニークなオリジナルダンスパフォーマンスや、国内外の豊富な舞台経験を活かしたワークショップ、美術家・音楽家とのコラボレーション等も「HAIKAI」シリーズとして精力的に行っている。

2007年より自身の開く「すり足・演劇教室」では、身に付けた伝統力を元に、人間の身体にある中心軸を身につけ、まっすぐ立ってまっすぐ歩く、身体の中心軸を大切にしたトレーニングを行っている。

鶴舞K・D Japonを拠点とする「ハポン劇場project(現在:ハラプロジェクト)」を2005年に立ち上げ、「芝居」というジャンルを超えた表現を追求し、活動を行っている。
2005年「姥捨」、2007年「北斎とお栄」、2008年「人喰★サーカス」、 2009年「草枕」、 同年冬、ハポン劇場project西尾劇場公演「ダンス・タンス・ダンス」は多くの西尾市民と共に大成功を収める。 2010年K・D Japonでの「姥捨」の再演、「姥捨インドネシア公演」を成功させ、冬には豊田の世界的に活動するバンド「TURTLE ISLAND」とタッグを組み名古屋能楽堂にてパンク歌舞伎「マクベス」、翌年には「リア王」を上演し、成功を収める。
「ハポン劇場project」を「ハラプロジェクト」に改め、日本全国、世界にまで活動範囲を広げ、「表現者」としての可能性を追い求めていく。

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